2日放送の“消えた天才”の第2の人生を追跡するTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後7・00)では、「大谷翔平に勝った同世代の天才たちは今」と題し、かつて大谷翔平投手(24=エンゼルス)を倒した天才たちを大追跡。
大谷から甲子園で唯一本塁打を放った天才スラッガーの今が明かされる。
2012年のセンバツ大会――。高校時代から怪物投手と呼び声が高かった大谷から甲子園で唯一本塁打を放ったのは、大谷と同い年の大阪桐蔭の4番打者。
同期の藤浪晋太郎投手(24=阪神)も「飛距離、パワー、捉える力。打撃に関しては超一流だった」と同級生の天才スラッガーを評する。
その天才は高校2年生の時には、後にプロ入りする森友哉捕手(23=西武)、田村龍弘捕手(24=ロッテ)らを抑え、全国の高校球児の中で打率1位に。
翌13年には史上7校目となる大阪桐蔭の甲子園春夏連覇に大きく貢献した。
ところが、ドラフト会議では同学年の大谷、藤浪らが次々に指名されていく中、天才の名前は最後まで呼ばれることがなく、そのまま、世代最強打者は高校卒業とともに野球の表舞台から姿を消した。
なぜ、天才スラッガーは野球をやめたのか――。
番組では本人が「野球が嫌いになった」という当時の心境を告白。野球をやめた理由と、その後、年商1億円の会社の経営者になった壮絶な人生が明かされる。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181201-00000069-spnannex-base
12/1(土) 12:00配信
【テレビ】消えた天才スラッガー 甲子園で唯一、大谷から本塁打も「野球が嫌いになった」理由とは
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